新宿でビル風に吹かれた壱万円札が集まってくる吹きだまりの話
新宿御苑に一風変わった居酒屋がある。
どう変わっているのかを書いてしまうと、ググればすぐにどの店か分かってしまうのでそれは書けない。
この話は5年ほど前に、そこの店主から聞いた話だ。
知っての通り、新宿というのは世界でも有数の繁華街。そしていくつもの高層ビルが建ち並ぶ巨大オフィス街でもある。行き交う人の数も相当なものだ。
それだけ人が多ければ落とし物の数も計り知れない。鍵やメガネなどの小物から、バッグなどの類い、酔ってなくしたであろう靴や上着。そして時折、人間までもが路上に落ちていることがある。
そんな落とし物のなかでも、拾って最も嬉しく思うのは現金ではなかろうか。それも小銭ではなく紙幣。あの人の多さを考えれば、毎日膨大な金額の紙幣が新宿のあちこちで落とされているはずである。
しかし、あなたは一度でも、新宿でお札を拾った経験があるだろうか?
財布を拾うのは勘定に入れない。純粋に紙幣を拾った経験。知人などにも尋ねてみるといい。恐らく十中八九「ない」と答えるはずだ。そしてあなたはきっと、何故ないのだろうと考え始める。「あの界隈は人が多いから、お金が落ちているとすぐに拾われてしまうのだ」そう考えて自分を納得させることだろう。だが、そうではない。
風なのだ。全ては風の仕業だ。
西新宿の強いビル風をはじめ様々な風が、入り組んだ迷路のような新宿の街を複雑な経路で吹き抜けていく。勇気ある者は試してみるといい。路上に紙幣を落とせばそれはたちまちのうちに風にさらわれてしまうことだろう。そうして紙幣はどこともなくあてのない旅に出て行くかのように見える。
ところが、これには決まって行き着く先があるのだ。しかも、壱万円札ばかりが寄り集まってくる場所があるという。紙幣は金額によってそれぞれ面積や重量が違うが、そのことが風に選別の機会を与えるのだ。まるで自販機のように紙幣を選り分け、決まった経路で壱万円札だけをその場所に運ぶ。
多いときには一晩で10万円を超えるという。
信じ難い話ではあるが紙幣をゴミに置き替えてみれば、新聞紙ばかりが集まる場所や特定の種の落ち葉ばかりが集まる場所というのは確かにある。ならば壱万円札だけが集まる吹きだまりというのもあながち嘘ではないかもしれない。そう信じてみたいという浪漫も充分に備わっている話だ。
さて問題の場所がどこにあるかだが、これはあるホームレスの老人しか知らないのだとか。件の店主もその老人にこの話を聞いたのだそうだが、当然ながら場所は教えてもらえなかったらしい。ただし、この吹きだまりは常に一カ所に固定されているわけではなく、季節ごとの風やその年の気候によって多少変わるそうだ。
ちなみに私は新宿西口から大久保の間が怪しいと睨んでいる。既にそれらしき老人も何度か確認している。
もうすぐ木枯らしの吹き荒れる時期、今秋の壱万円札が流れ着く場所を探してみるのも面白いかもしれない。
投稿者 愛場大介(Daisuke AIBA / Jetdaisuke) : 2007年10月30日 12:36