うんこ救出大作戦
うんこを採取するということだ。信じられるかいそんなの?
健康診断に際してそれを2日分採取せよとのことだ。
提出までの5日間で実行すれば良いと言われ安心しきっていたが、ふと気付けば今日は期限の3日前。
食事抜きで挑む診断当日を除けば、うんこ採取のチャンスは今日と明日の2日限り。まったく失敗の許されないワンチャンス、ワンショット。
ならば出来るだけ何にも邪魔されない最高の状態で臨もうではないか。ということで、日中はずっと便意を我慢し続け、会社の帰りに某デパートのレストラン街へ。
ここで晩飯を食らい軽く腸を刺激。
にわかに便意を催す。そして同じ階のトイレへ…
私の知る限りここの個室の設備と広さは、ゆったり落ち着いた気分でうんこ採取するにはうってつけのゴージャス空間。
まずは個室の鍵を締め、そして検便キットの説明書に目を通す。
なるほど、最近の検便は簡便なのだな。プラスチック棒にうんこを塗り付けるだけで済むのか。
しかも検便キットには便器内に敷くための紙が入っていた。丈夫そうな紙だが水溶性らしい。これを敷いてうんこの溺死を防ぐのだ。なんともいたれりつくせりな検便環境である。
この時点で私は、今回のミッションが思っていたほどの難事でないことを悟った。
便座に腰をおろし、自信満々に放糞した。
ブリブリでもビチビチでもなく、メリメリというとても健康的なうんこの感触が肛門に走った。
勝った。
検便に最適な健便だ。あとはこれをプラスチック棒に塗ってケースに収めるだけだ。簡単じゃないか。
尻を拭い、プラスチック棒を手に立ち上がり、便器を振り返った。目にはいったのは、棒で掻いて崩すにはもったいないほど美しい形のうんこだった。
と、そのとき
カチッ
という音が便器の後ろで鳴った。
私は何が起きたのかを瞬時に理解した。そしてうって変わって冷静ではいられなくなった。ベトナムで地雷を踏んでしまった兵士たちもこんな気分を味わったのだろうか。
この便器は、利用者が立ち上がったことをセンサーが感知し、自動的に排水する仕組みだったのだ。
振り返ってからここまでわずか一秒、つぎの瞬間には「クコォォォォオオ」という空洞を駆け抜ける水の音が5.1chをもしのぐサラウンドで聴こえてきた。
まずい!
急ぎプラスチック棒をうんこの中へ突っ込んだ。すでに便器の周縁からは水が流れはじめ、その勢いは増すばかりだ。そしてその流れは次第に渦を成していく。
まんべんなくあらゆる部分を棒に塗るようにとの指示だった。しかし流されゆくうんこの迷走を追えば、誤ってそれに触れてしまう危険性すら帯びていた。
そんなごくわずかな躊躇の間にさえ水勢は増し、もはやうんこの半分は事象の地平線へ消え去ろうとしている。
残りの部分を必死の思いでなんとかプラスチック棒に塗った。無我夢中だった。眼前のうんこにこれほど真剣に相対したのは人生のなかで初めてだった。
やがて竜巻が終焉を迎えるようにそっと、便器のなかの渦はそとの世界へと飲み込まれていった。ついさっきまでの混乱がまるで嘘だったかのように、室内は静けさを取り戻した。
手にしている棒を見ると、十分な量が付いていた。
私はそれをケースに収めた。パチッという乾いた音とともに蓋が閉まる手応えを感じた。
ミッションコンプリート。私は心のなかでそうつぶやき、ドアをあけ個室をあとにした。
投稿者 愛場大介(Daisuke AIBA / Jetdaisuke) : 2009年3月18日 07:40