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作り手はtwitterでつぶやくのを控えるべきか?

糸井重里「アーティストは日々思ったコト溜めとかないともったいないよ」発言に思うこと。本当にアーティストは創作の種になるもの等をツイッターなどで頻繁につぶやかずに寝かして熟成させるほうが良いか



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もうずいぶんと前の話題にも感じるのですが、この件
Twitter / miu sakamoto: 昨日の、糸井さんのツイッターやらないってことについて ...

昨日の、糸井さんのツイッターやらないってことについて、私が個人的に言われたことなので「糸井さんの意見」として私が代弁するのはおかしいので、詳しくは控えますが、誤解されないようにざっくり説明すると、アーティストは日々思ったコト溜めとかないともったいないよ、ということ。

ついに先日、成冨さんまでもがブログで糸井発言と同じようなことを書いてる。
池袋アンダアグラウンド。:書くな。怒れ。

ネットでもの申すことは、アーティストにはあまりやるべきでないのではと思う。モノを作る人は、こんなところで吐露せずに、心の中に仕舞って熟成させて昇華しないといけないのではないか。ストレスだって創作の種だし、不条理に対する怒りや、大きなものに対する畏怖や、割り切れないさまざまな思いを持っていたほうがいい。

僕もお気軽にCGMだとかソーシャルメディアの類いでばんばん投稿していてそういう気分になったことはある。mixi日記などで消化しちゃってそれ以上に昇華しようがないのだ。それでmixiなんかは何度かやめたんだけど、ここに来てtwitterでまた同じように常時垂れ流しになってる。

僕にとってそういうのはOrkutがたぶん始まりだったと思うんだけど、それからもう5〜6年になる?これはもう単にやるやらないではないんだよね。やること前提になってる。

創作のためにソーシャルメディア参加しませんというのはもう何か質の違うもんだと思っていて、それは過去に「ブログとWEBデザイナーは相反する関係なのかも」とか「ウェブ制作なんてものはもうないんじゃないかと思ってる」などで触れた感触に近いもんかなと思う。

わかりやすくいうと、怒りを表現するためとはいえ今まさに怒ってる状態になる必要はないということ。

能面などはまさにそういうものかもしれない。般若の中のひとが鬼のような顔している必要はないはず。むしろ感情などはすっきりさせておかないと、客観的視点が必要な「表現する」ということには向かないかもしれない。

僕は25歳のころにふと「もう感性が死んだな」と感じたことがあって、その時期のシゴトは無理矢理ひねり出すようにやってた時期がある。10代後半から二十歳頃までは黙っていても神が降りてきて何やら指図してくれたものだけど、それが25歳ではたと止まってしまった。だからてっきりもう自分は終わったものだと思っていたけど、今にしてみれば実はそうじゃない。

怒りが怒りのまま、悲しみが悲しみのまま、直情的で衝動的にやっていたのが若いころの僕。どう考えたってそれで良いはずはない。むしろ今のように感情をコントロール下に置いてるくらいのほうがいい。

もしソーシャルメディアなどで細かなアウトプットをし過ぎて出涸らしになってしまったと感じるなら、実際にはそこがスタート地点で良いんじゃないかと今は思う。僕は日常的に湧いて来る妄想の数々を屁をひるように流れの早い時間に捨てて来れて便利だと思う。
(ただしそう考えている人間のTLは汚い。ソーシャルメディアを情報流通の場ととらえるか、都合のいいゲロ吐き場とみるかで違う)

たとえば日々のtweetで出涸らしになったとしても、ソーシャルメディアで他者と関わるかぎりはインプット量のほうが絶大である。

自分のなかに芽生えた小さな何か(=それが大切な創作の芽だったとしても)を投げ出してしまうことで、向こうからも何かがやって来るのがソーシャルメディアというやつ。

だいたい、何も出さないひとを必要としてくれる社会はないので、与えよ、さらば求められんかと思う。

それでいま現在の僕個人はといえば、絶えず作りたいものは沢山あってどれもこれも追い付かない状態。というのも全ては他者とのつながりのなかで生じてくるから、僕のなかに芽生えた小さななにかをさらけ出してもあまり問題はない。

僕個人の閉じたなかからではこれほどクリエイティビティを刺激されるできごとは発生しないはず。ブログ運営などでもよく言われたことだけど、情報は出す人のところに集まって来るもの。「もう感性が死んだな」と思った当時の僕が迎えたのは終わりではなく始まり。押さえ切れない衝動とほとばしる情熱は素晴らしいけども、そこ止まりになってたらすり切れて燃え尽きてたはず。

それで冒頭の「アーティストは日々思ったコト溜めとかないともったいない」に戻るけども、それは本当にそうなのかという疑問については、これは全くそんなことはないと思う。

ソーシャルメディアはむしろ元気玉のように自分の足りない部分を補完してくれ、そこにはブレスト中に閃くインスピレーションのような感覚が絶えず浮遊している。これがメリットでなくて何だ。

それに今や作品というのは「完成形」を見せるだけではなく、プロセス公開からが作品だ。このプロセスでいかに見る者を巻き込めるかというのも今後ますます重要になってくるだろう。家に帰るまでが遠足だというなら、前夜の興奮して寝付けない状態もまた遠足なのである。



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投稿者 愛場大介(Daisuke AIBA / Jetdaisuke) : 2010年2月23日 02:42

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