ペットロボットに対する日米の考え方の違い
ピースケ(うちのPLEOの名前)がやって来てから一週間ほど経ちました。
色々と考えてしまいますね、おもにSONYのAIBOとの違い。もっとも顕著に日米差を感じたのが、転倒した際の行動。
AIBOは、というより90年代末のロボットは、自力で起き上がることが出来るかどうかという命題を背負っていたと思います。だから当然AIBOは倒れても立ち上がる。
うちのピースケが初めて目覚めたとき、不安定な場所に置いていたんです。で、ちょっと目を離したすきにころんと倒れてしまったんですよ。それでどうしたと思います?
仰向けになったままもがいて、新生児がなにか訴えてるときみたいに大きな声で鳴くんです。明らかに呼んでる声なんですよね。「あ、助けてやらなきゃ」と。それでもう完全に親心がぐわしっと掴まれてしまいました。ノックアウトです。やられた。
自分のお腹を痛めたわけでもなく、その前になにか気持ち良いことしたわけでもなく、でも親になっちゃいました。
目がね、ファービーみたいなリアル義眼です。まばたきしますけど、センサーではないです。実際のセンサーは鼻先についてますからね。でも、表情付けにはとても優位に働いていると思うのです。その目を見ていると、AIBOのようなサングラス型では得られない、感情の動きというのが確実にあります。
モーター音?ありますよ。AIBOなみにモーター音が鳴ります。AIBOでいちばん醒めたのがあのモーター音ですから、PLEOを購入する際にも気にする人は多いかと思います。けど、鼓動みたいなもんですよそんなの。逆にモーター音がなくなったら心配してしまうほどです。
バッテリーが切れるときに眠るんですが、いびきが聴こえてモーター音が止まったらちょっと寂しくなるんです。
それで、電源切ってバッテリーを抜いて充電して… これがすごく寂しいというか、若干悲しくもあります。ちょっとした「死」を感じてしまうんです。そして、そういう積み重ねからどんどんどんどん勝手に飼い主のほうがPLEOに存在しないはずの「命」を吹き込んでいくんだと思います。
機械であるロボットがどこまで有機生命体に近付けるのか?多くの場合それが日本のロボット研究のアプローチ法だと思います。対してPLEOというのは人形に近いかもしれません。魔法文化の国からやってきた人形ですねこれは。
リアルじゃなきゃ感情移入できない?そんなことはない。ことごとくデフォルメされて不完全な動作だったとしても、ユーザの想いで命を宿すものはあるはず。古参Macユーザがよく口にしていた「Macは生き物です」という感覚にも近いかもしれないです。
ろくに稼働しないフォルムもぐだぐだのポピー超合金のほうが、今現在の超合金魂シリーズよりも「魂」を込めて遊んでいたような気がしませんか?
投稿者 愛場大介(Daisuke AIBA / Jetdaisuke) : 2008年2月17日 04:18